カラフルブログはカラフルバードメンバーや知人によるブログです。
地域に広がったカラフルバードメンバーそれぞれに起こったLDにまつわるあれこれを紹介していきます。
LDの対応は地域ごとに、対応する担当の方次第、というところが多く、カラフルバードの記事がストレートに参考にならないこともあるのも実情です。
そういうこともあり、実際に各地の状況をご紹介できる機会にこのブログシリーズがお役に立てればと思います。
はじめに
カラフルバードには東京都在住の方が多くいらっしゃるのですが、東京都以外のとある地域で暮らしているFです。小3の頃から学校への行き渋りが始まり、学校から離れて育ってきた中学生の子どもがいます。自閉スペクトラム症(ASD)とディスグラフィア(書字障害)の診断があります。
なかなか情報にたどり着きにくく、たどり着けても支援が受けられにくい現状に苦慮してきた体験から、デジタル教科書・教材の導入例やその他のサポート方法を知ることができる(チャート図)資料を作成しました。
これまでの経緯(配布資料あり)
園と家での生活のようす
- マイペースな性格の背景
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毎年いただいていたアルバムなどの先生方からのコメントには、「マイペース」とよく書かれていました。口頭指示の入りにくさがあって聞き逃していたり、一度にたくさんの指示を受けると理解していてもうっかり忘れてしまうことがあったり、からだを動かすぎこちなさや不器用さもあいまって、周りから少し遅れて行動しているようすがみられていました。
- 疲れやすく、へとへとになると・・・
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さまざまな面で苦戦しながらも必死に取り組もうとする真面目さが小さい頃からありました。
行事なども楽しみながら積極的に参加しているように見えていたのですが、振り返ってみると、練習期間にはこころとからだの疲労感から感覚の過敏さが強まって、家ではかんしゃくが起こりやすくなったり、チック症や夜驚症がおきることもしばしばありました。
発熱や喘息でお休みすることも多かったのですが、「先生がこわい・・・」と言って、登園を渋るようすも一時期ありました。 - 書くことの最初のつまずき
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年長さんから始まった文字や数字を書く練習では、すでに字を書くことを嫌がるようすがみられていました。
(中でも苦戦していたのは、え / む / ゆ / 0 / 2 / 3など)
「練習のペースが他の子に比べて遅れています。家でも練習をしてください」と言われて、書く練習をはじめたものの…紙のドリルに書く練習は嫌がったため、スマホアプリ『ひらがなだいすき!もじおくん(現在は販売終了)』『ひらがな上手 なぞらずにうまくなる子どものひらがな練習帖』『トドさんすう』などを使って練習しました。中でもさんすうに興味をもって楽しんで進めていたので、数字は書けるようになりました。 - 読むことへの興味
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字を書くことの苦手さや興味のなさがある一方、読むことは一見すると得意な方で、私が絵本を大げさなようすで読み聞かせているうちに「自分も読みたい!」と興味をもちました。はじめて読む絵本はたどたどしかったのですが、読んであげると声の調子なども真似てすらすらと読んでいました。
ふりがな付きのポケモンくらべる図鑑なども没頭して読むようになって、5歳頃から広告の漢字を読んで周囲をおどろかせることもありました。 - かかりつけの病院で相談
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子どもと私、それぞれのかかりつけの病院で気になるようすを何度か相談はしていたのですが、病院の先生方からは「成長のペースはそれぞれだから心配しなくても大丈夫」「いろんな子がいる。個性としてみてあげて」「診断名にとらわれないで環境を整えてあげることが大切」「いつでも味方になって守ってあげて」とお話があり、その言葉を受け止めました。支援にはつながらないままでした。
はじめての子育てでわからないことばかりで、肩に力が入りすぎているようにみえたのかもしれません。安心させようとして言ってくださったのだと思います。
小学校と家での生活のようす
- 1~2年生 通常の学級で過ごす
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入学当初、特別支援学級や通級の対象にはなりませんでした。
家庭で学習をみていると学習につまずいているようすがみられていたため学校でも相談してみました。
先生方からは「休み時間に一人で過ごしているようすが気になっています」「図書室に行っていることが多いので外遊びもするように言っています」「たまにクラスメイトと口論になってしまうことがあります」などの話はあったのですが、学習につまずいているのは集団の中では見えにくいタイプだったようで、積極的に手を挙げて授業に参加していたり、通っている間は成績もよかったため、「全く心配ありませんよ」と言われていました。家庭での学習で気になっていたようす
(※ASD等の特性を併せもっています。)- 宿題がなかなか終わらない。
絶対に終わらせて朝に必ず提出したい気持ちと、帰りついた時点でぐったり疲れているのでつらくてできそうにない気持ちとでかんしゃくを起こして泣くので一度寝かせたり、間に休憩を取りながら何時間もかけて取り組むこともあった。 - ひらがなとカタカナがなかなか定着しない。
覚えても少しすると忘れていて、想起に時間がかかる。 - 文字や文章のバランスが整いにくい。
文字が縦にひょろ長く伸びたり、大小さまざまな文章になる。 - 漢字を覚えにくい。
読める漢字は多いけど、書こうとすると書けない。創作漢字になってしまう。秋の禾へんが朱に、原の中が泉に、など少しだけ違うことなどもあった。見ながら書いてもところどころ間違える。
(1~3年生の頃の学校での視力検査は両方1.0以上でAだったものの、後に遠視があることが分かった。不登校になって外になかなか出れない時期もあったため発見が遅れてしまった。) - 教科書の音読や物語文の宿題をものすごく嫌がる。
(その他の文字が多い本も、少しの挿絵では頭の中で登場人物が動かないから読み疲れるだけで面白くないと言う。挿絵が多い本やノベライズ作品は読む。読み飛ばして気になったところだけ読んでいることがある。絵本を他の子に読んであげたり、チラシ、説明書などの文字を読むのも好き。) - 消しゴムで紙を破ってしまう、定規やコンパスをうまく使えないなどの不器用さがある。
(体を大きく動かす時のぎこちなさもある。よく転んだり、ものにぶつかったりしている。) - 筆圧が極端に弱かったり強すぎたりする。力加減を教えるのが難しい。
先生からも「字がとても薄いです」と話があった。ていねいに濃く書くように意識すると、手が痛くなるくらい鉛筆を握りしめて紙に押し当ててじっくりじっくりとても濃く書くため少し書いては中断…次第に力が入らなくなってほとんど読めない字になる。 - 学校で習ったことがほとんど残っていないようすがある。
絵を描いたりマグネットなどを使って家で一対一で復習をすると「そういう事か!」と言って解けるようになっていた。学校では勉強が得意という印象を持たれていたものの、かけ算九九の暗唱テスト(10秒以内に、ばらばらに など)から苦手意識がとても強い。休み時間に暗唱テストがあったこと、すべての項目で合格しないと進級できないと言われていたことで、大きなパニックをおこすほどこころに負担がかかっていた。 - 連絡帳が最後まで書けていないことがあった。(小3の時)
- ノートに何枚も空白のページがある。先生の指示に間に合わず、とりあえず開いたページに書いていた。(小3の時)
- 宿題がなかなか終わらない。
- 図書室はこころとからだの回復ポイント
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休み時間の過ごし方について本人に聞いてみると、図書室は静かで好きな本(かいけつゾロリなどなど)を読めるからという理由で学校の中でのやすらぎの場所になっていたようでした。先生から言われて外で遊ぶようにしてるけどずっと外にいると疲れ過ぎてしまうから早めに戻っていることや、外にいるとチャイムがなり終わるまでに靴を履き替えて教室に戻ることができないんじゃないかと思って不安で怖いから図書室にいると安心できるという理由があることもわかりました。
- 3~6年生 体調を崩して学校を休むようになる
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3年生に進級した春、表情がどんどん暗くなっていきました。次第に腹痛、頭痛、めまいなど体調を崩して学校への行き渋りがはじまりました。緊張感が常にある教室だったことが要因の一つでした。先生からは、「お子さんへは強く注意するようなことが一切なかったので来れなくなっている理由がわからない」と言われました。
- 行き渋りはコロナ禍前から
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保健室の先生が「放課後に保健室登校をしませんか?」と連絡をくださって、折り紙をしたり、プリント学習をしたり、子どもの苦しいこころの内を優しく聞いてくださいました。うちの子のまじめさや頑張りを入学時からずっと見守ってくださっていた先生でした。
保健室登校の開始から少ししてはじめてお会いすることとなった、SSW(スクールソーシャルワーカー)の先生、SC(スクールカウンセラー)の先生、校長先生(毎年のように替わっていたので)、生徒指導の先生、それぞれとの面談のなかで、「とても繊細なお子さん、最近よくいるんです」「子ども本人の成長を待つしかない」「学校ばかりが頑張ってもうまくいかないので協力しましょう」「口は悪いですが、子ども思いで根はいい先生です。教員の多様性も認めてください」との説明を受けました。どれも今でもずっとモヤモヤとしています。
保健室の先生は翌年には移動されてしまい、コロナ禍に入ったことで保健室登校はできなくなりました。 - 頑張っているのは学校ばかりじゃない
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行き渋る前のこと。だんだんと激しくかんしゃくをおこさなくても宿題に取り組めるようになっていました。プリントの枠が小さい時は、「どのくらいの文字の大きさなら入る?」と聞いてきて、薄く丸や線を引いて教えていました。字形やバランスを前より意識して書くようになっていました。「この字、お手本の字みたい!前よりもずいぶん上達したね!」と伝えると、ちょっとずつ自信をつけているようすもありました。
しかし・・・漢字練習の宿題では、ひらがなにも赤ペンの訂正が入ってノートが真っ赤だったので、当日分と前日分のやり直しが必要でした。3年生になるとその練習量が倍になり、赤ペンの訂正もさらに増え、悲しそうに漢字ノートを開いて「頑張ってるのにできない」と言って毎日くじけそうになっていました。 - 「先生の言葉はいつもストレートすぎて傷つくんだよ・・・」
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そんな時、私の「上達したね」という言葉がうれしかったようで、先生に「前は字が汚かったけど、その時よりも字が上手になりました!」と言ったところ、「まだ汚いやん!」とみんなの前で笑われてしまったそうです。しばらく経ってから話してくれた話なので、先生にはその時の状況は聞けていないままですが、子どもがかなりショックを受けたことには違いありません。
今は、書いては消してを繰り返すようになったり、人前で字を書こうとしなくなりました。
あの方法やこの方法をもっと早く知っていたら・・・と本当に悔しい気持ちになります。 - 失敗が許される環境があったから挑戦できていた
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学校がつらい場所となったいくつかの要因の一つとして、「1~2年生の時は『いくらでも失敗して大丈夫だよ』って先生たちが声をかけてくれたから安心できて頑張れてた。3年生からは失敗してしまうのが怖かった。毎日誰かが怒られていて見ているのが苦しかった。」と話していました。先生のようすに子ども同士でもピリピリしている空気もあったみたいでした。昼休みの図書室の利用が禁止され、みんなで必ず外遊びをするといった、ほんの少しだけのやすらぐ時間もなくなっていたことも一つの要因かもしれません。
- 子どもへの説明
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行き渋りはじめた頃、学校から勧められ改めて医療機関に相談をして、今度は発達障害者支援センターなどの支援機関ともつながりました。児童精神科や発達障害者支援センターへ通うにあたり、子どもへは「こころが軽くなる手助けをしてくれる所」「悩みや困っていることを聞いてくれて、味方になってくれる。安心して楽しく過ごせる方法を教えてくれる所」と説明をしました。WISC検査については、「どんなことが得意か知ることができるクイズゲームみたいなもの」だと伝えました。
ASD(自閉スペクトラム症)と診断を受けて、特別支援学級(子どもの小学校では、国語と算数の時間のみ)に在籍することになりました。支援級については、「少ない人数で学べて勉強に集中がしやすい。勉強で分からない部分があっても、ひとりひとりに合わせてゆっくり教えてもらえる学級」と説明しました。 - 支援につながっても続いた孤独感
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本人の体調に合わせて、図書室や支援級、交流級(支援級在籍になると、通常の学級で過ごすことを交流級と呼ぶ)で過ごす提案を学校の先生方からしていただいて、再登校をし始めた期間は付き添い登校をしていました。最初は安心して楽しそうに通っていたので、先生方にはすっかり元気に見えていたようで、学校での1日をひとりで過ごせるように登校を促されるようになっていきました。先生方の前では「頑張ります!!!」と言ってはりきって頑張ろうとしていたのですが再び体調を崩してしまい行かなくなりました。その時も、先生方には「来れない理由がわからない」と言われました。
ディスグラフィア(書字障害)の診断を受けたのは、子どもが小学校を卒業するおよそ3か月前でした。医療機関では「すでに支援級在籍なので学びやすくなる支援を受けるといい。複数の診断は必要がない」と言われていたのですが、支援センターでも「文字を読めてるし、全く書けないわけでもないから大丈夫。もっと書けない子が頑張ってる。書くことを頑張らせることで色んな力もつく。とりあえず頑張らせましょう」と学校と同じことを言われていて、支援級在籍であってもASDの診断だけでは書字などの学習の負担を減らして学びやすくする支援を実際に受けることは難しかったので中学以降のこともとても気がかりで、相談を重ねてようやくのことでした。
- 1人で学校に通って先生との面談を重ねた
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私はもともと話すことや気持ちを伝えることが得意ではないこともあって、学校の先生へ子どものようすを説明したり、サポートツールの使用許可など配慮をお願いする際に、建設的なお話ができるように何時間もかけて考えて紙に書いたり、資料を必死に集めて伝えてきました。
『「学校に登校する」という結果のみを目標にするのではなく』という文部科学省の通知が出たばかりの頃でした。小学校としては、学習態度に問題が見られないことから、進級して担任が替われば再登校を促して通常の学級に在籍を戻そうと考えていたようすでした。「忘れてしまえば楽なのに」「来てしまえば楽しそう」「何とか連れてきてください」と言う先生方に、行きたくても行けなくなっている子どもの複雑な苦しさを必死に説明しました。 - うまく話せなくなる
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時には伝えづらい事を伝えるためにいくら勇気を出しても、母親である私の話も、子どもの気持ちも、あまり真剣には聞いてはもらえないのだな・・・という体験と、「全部、怠けたいだけの言い訳だと思いませんか?」と言われたり、「もっと頑張らせて力をつけるべきです!他の子は頑張ってますよ!」というさらに頑張らせる流れになって、自分の相談からさらに子どもを追い詰めてしまいかねない怖さを繰り返すうちに、ますます人前でうまく話せなくなっていきました。私だから伝わらないのかも・・・と何度も情けなくなりました。
先生たちの言葉や表情が記憶に残って私も苦しくなっていたので、次第に顔をあまり見れなくなっていきました。気持ちを落ち着かせて会話に集中するために下を見ながら話を聞くことも増え、支援級の先生からは、「お子さんよりもお母さんの方が目が合いませんね。眉間の辺りを見て聞くといいですよ」と指導をされたり、意識があるのか確かめるように顔の前で大きく手を振られたりもしました。私も登校を拒否したくなっていきました。 - わたしのことばにも・・・
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子どもが話をしてくれたり、付き添い登校をしていた時に目にした光景から、子どもに戻った自分がわが子の担任に激しく怒鳴られて詰めよられる夢や失敗ばかりして大勢に責められる夢、出口の見当たらない階段を焦りながら必死にのぼる夢を見たりしました。未だに見ます。起きていても寝ていても悲しくて、自分には現状を変える力がないけど何とかしたい、しなければいけないとずっと思っていました。
そんな時、野口晃菜さんと喜多一馬さんの著書『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育』の、”誰のことばにも同じだけ価値がある”という言葉を目にして、また少し勇気が出ました。 - 同じ思いをもった仲間と出会う
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子どもへの申し訳なさと、どこにもぶつけようのない悔しさや憤りを抱えて、子どもの小学校卒業を迎えた3月。カラフルバードと出会いました。自分にできる範囲のことから始めようと勇気を出して一緒に活動に携わらせてもらうことになって、もうすぐ2年になります。
- デジタル教科書・教材が叶えてくれる学びやすさ
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活動を共にさせてもらう中ではじめて知ることができたことがたくさんあります。その中のひとつが、デジタル教科書・教材が個人で購入できるということでした。
国語や英語、算数のデジタル教科書・教材で使える機能を知った時、「学校でも、家庭でも、もっと自由に使えたら、読み書きの困難さをもつ子どもたちの学びがどんなに豊かなものになるだろう。子どもたちはもちろん保護者や先生の負担もきっと減らせる」そう感じました。 - 立ちはだかる壁が何重にもある
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しかし、地域や学校によって対応はさまざま。自治体での購入がなかったり、購入があっても自由に使う許可は下りず、最終的に個人での購入(学校・教育委員会を通す必要がある)を試みたけど許可がでなかったという例も多く見聞きしてきました。そのため同時に、GIGAスクールが前倒しで始まって一人一台端末があっても、多機能なデジタル教科書・教材があっても、個人購入を希望しても、それでもなかなか使わせてもらえない子どもたちがいるのはどうしてなのかと、とても落胆しました。
- 他にも方法はある!・・・けれど
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デジタル教科書・教材を使用する以外の方法もあります。
現在はSNSで親同士が助け合って情報を共有できたり、読み書き支援に携わる専門家の皆さんも発信をしてくださっていて遠方でも情報を得ることが可能になっていますが、それでも子どもの今に必要な情報を得るまでに時間と労力がものすごくかかります。新たに得た方法の理解や許可を得ることにとても苦労することも多く、理解者が身近に見つかるまでは、できる範囲で孤独に模索を続けるしかありません。親子に負担がかかりすぎていると感じます。 - 「誰も悪くない」で終わる話がつらい
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どこへ相談しても、「学校の先生は多忙で、費用もないので仕方がない。誰も悪くないんです」という言葉をかけられます。なだめるための説明だと思うのですが、憤りの増す言葉です。行き場のない憤りは孤立を深めさせてしまうと身をもって知っているので、「誰も悪くはない。制度や仕組みのせい。今すぐには状況を変えられない。”でもだからこそ、少しでも負担が軽くなるように今できることを一緒に探そう”」と子どもたちへ言ってくれる人を増やしたいです。
そしたら、「誰でもそういうことはありますから、社会に出て困らないようにつらい事も頑張れるように我慢を覚えさせるべきです」と気持ちを無下にしないで、子どもたちの苦しさを知ろう分かろうとしてくれる人もきっと増えていくはず。今見えていることをもう少し別の角度からも知ってもらうことができたら、すぐに変えられそうな部分があることも見えてくるし、子どもたちに学びを諦めさせてしまうことを防げたり、結果的に先生方の労力の軽減にもつなげていけそうなこともあると感じています。 - 今の自分にできること
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親同士が助け合って情報を共有する際にチャート図があったらいいかも💡と、現状を何とかしたい一心で、家庭や学校でのデジタル教科書・教材の導入例や導入に至らなかった場合のことも盛り込んだ資料をつくることにしました。私ひとりの知識や経験では到底つくることはできませんでした。カラフルバードの活動を通して知ることができた内容ばかりです。
最初は、デジタル教科書・教材の導入に関する内容のみを簡単に1〜2枚くらいでつくるつもりでした。でもつくっていく内に、いろんな気持ちがあふれ出してどんどん増えていきました。今の自分だからこそできることをこれからも模索し続けたいです。いろんな気持ち- 同じように困っている親子が孤立してしまうことを防ぎたい。
- 親や先生の情報収集、共有の時間短縮と労力の軽減につなげたい。
- こころにゆとりがない時でも情報が届きやすくなるようにしたい。
- すでに試したこと、まだ試してないこと、が分かりやすいようにしたい。
- 子どもたちが楽しくわくわくと学習に向かい続けられるようにしていきたい。
- 子どもたちに学びを諦めさせてしまうことを防ぎたい。
- 子どもたちの思いを無下にしないで、苦しさを知ろう分かろうとしてくれる人を増やしたい。
- 地域差を少しでもなくしていきたい。
- 読み書きが困難な子のサポートにおけるデジタル教科書の魅力を広めたい。
- 他の読み書きのサポートも受けられやすくなるようにしたい。
- 導入に向けて話し合いがスムーズに進むように、懸念や負担を少しでも減らして検討してもらいやすくしたい。
- 合理的配慮(合理的調整、適切な変更)が進みにくい背景を多くの人に知ってもらいたい。色んな立場の人が一緒に子どもたち一人一人の学習環境をよりよくする方法を考えやすくなるようにしたい。
おわりに
資料の中のリンク集「全国の事例 いろとりどり ~合理的配慮CBLDデータバンク~」では、これまでにお寄せいただいた、デジタル教科書の導入がある事例を載せています。
カラフルバードでは、学校での合理的配慮、自治体情報、GIGAスクール端末、病院・相談先について随時募集しています。わからない所は飛ばして大丈夫です。ぜひアンケートにご協力をよろしくお願いします。(F)
文部科学省の資料

書籍の紹介
うちの子の読める漢字が増えたり、科学をはじめ、さまざまなことへの興味を広げるきっかけとなった本
・ポケモンくらべる図鑑
・ポケモン空想科学読本、ジュニア空想科学読本
うちの子が読むことの疲れを忘れるくらい楽しんでいたノベライズ本など
・星のカービィ
・ノラネコぐんだん
一般社団法人UNIVA理事 野口晃菜さんの著書、共著など
個と個で一緒にできること。福祉をたずねるクリエイティブマガジン マガジンハウス 『こここ』より
引用
野口晃菜さん
筑波大学にて多様な子どもが共に学ぶインクルーシブ教育について研究。小学校講師、障害のある方の教育と就労支援に取り組む企業の研究所長を経て、現在一般社団法人UNIVA理事として、学校、教育委員会、企業などと共にインクルージョンの実現を目指す。文部科学省「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議」「通常の学級に在籍する障害のある児童生徒への支援の在り方に関する検討委員会」委員、経済産業省産業構造審議会委員、東京都生涯学習審議会委員、日本ポジティブ行動支援ネットワーク理事など。
・差別のない社会をつくるインクルーシブ教育
・NHK for School 「u&i」 発達障害の子どもが「困らない」学校生活へ: 多様な特性のまま、日常の「ふつう」を見直そう
・教室のなかの多様性図鑑: ひとりひとりの ちがいに出あう 旅にでかけよう 特別堅牢製本図書
・「これくらいできないと困るのはきみだよ」?
発達障害の子どもたちを診てきた先生方の著書
医学博士 平岩幹男先生
・こどもの発達障害 僕はこう診てきた (こころライブラリー)
児童精神科医てんねんDr.
・子どもの発達障害がよくわかる本 これ1冊で理解もサポートも!