前回はDCDに対する学校での合理的配慮について書きました。
今回は配慮の効果と学校での困難感を感じる具体的な場面を書こうと思います。
配慮のおかげで良い効果があると感じているのは、
「書字への抵抗感があまりないこと」
これに尽きると思います。
本人の苦手意識は自然と芽生えているのか、得意でないと感じてはいるようですが、
書きたくない、宿題やりたくない、先生に見られたくない、習字の時間が嫌だ、となっていないのは、配慮のおかげと思っています。
どうしても今の学校では「書くこと」=「学ぶこと」になりがちですので、書くことに対する抵抗感を減らせているのは配慮の効果といってよいと感じています。
一方で、配慮が行き届かなく学校で困難感があるのは
・体育
・音楽
です。
体育は好きじゃない、と言います。なわとび、鉄棒、跳び箱、やはりDCDにはハードルが高い分野です。
OTさんとの予習するのですが、あっという間に追いつかれ追い越されます。
音楽などの専科の先生には、配慮の内容が伝わっていないようで、音楽祭の時は居残り練習もあったようです。
その時は担任の先生経由ですぐに支援が入りましたが、ヒヤッとしました。
困難感はあるものの、書字への抵抗感が少ないことは大きな意味があると思っています。
学期の最初の担任の先生やスクールカウンセラーなどと、連携を強めることは、このような困難感を未然に防いだり、もしくは素早く気付いて対処するのに役立つことを実感しています。
というわけで、今回は配慮の効果と学校での困難感を感じる具体的な場面を書きました。
次回は、DCDの困難感も歳とともに変わる?!を書こうと思います。
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