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難病でLDがあっても ハッピーに生きる #1

はじめまして。
NF1(レックリングハウゼン病/神経線維腫症)の中学生の息子がいます。
NF1はLD(学習障害)の症状が出ると言われ、難病指定されています。 


療育をしっかり受け、普通学級で楽しく過ごせています。 

ADHDとLD、身体の不器用さがあり読み書きが苦手です。
乳幼児期はアメリカで育っているので、考え方が合理的です。 
多様な子が必要な支援を受ける事で、同級生と共に成長していって欲しいです。 

NF1で発達障害が出る確率は高いだろうと、覚悟して育てていました。
ボストンチルドレンホスピタルのお医者さんから、STを受けた方が良いと勧めらました。
プライマリードクターとプリスクールの担任の先生と評価したところ 、乳児期から周りの子よりもよだれが多く気になっていましたが、仲の良いお友達もたくさんいてトラブルも特になかったので、個性の範囲内で療育には至らずにいました(プリスクールは10人のクラスに先生が二人担任で勉強の時間は2、3人の小集団で同じくらいの理解力の子にいろいろ教えてくれていました)。 

日本に帰国後、幼稚園探しをしていて指示が通り辛いので、言葉の壁が少ないインターナショナルプリスクールへ通いました。 
そこで、OTとSTをつけた方が良いと、担任だったイギリス人の先生がOTは自分ができるから、STをつけて欲しいと提案されました。 
よだれが多い原因は、上唇が高緊張で下唇が低緊張なので口が閉じ辛くデフォルトがいつも笑顔です。 
校長先生から、幼稚園時代から取り出して療育を受ける事が本人にとって当たり前に、素晴らしいと思えるようにしていきましょう。 
この頃校長先生から、 「この子は賢いから賢い子として接して育てていきなさい。それがどんな支援よりも子どもを成長させるから」と話して貰いました。 
幼稚園時代のSTは素晴らしく、45分を30秒と15秒に分けて、30秒集中させて、15秒休憩するというパターンで45分間集中力を保って療育をしてくださり、療育の日は〇〇と遊べる日という感じでとても楽しみにしていました。 
担任の先生や校長先生も療育を時々見学してくださり、普段の幼稚園生活で関わる時に療育の内容を取り入れて関わってくださっていました(月に一回幼稚園で担任と校長先生と私たち夫婦でカンファレンスを開き、発達を見守っていました)。

この面談をもとにして、家庭ではSTの英語の療育で目標としている事を日本語でするように意識していました。 
日本の義務教育を受けさせたいと考えていたため、就学後は通級でことばの教室を利用していました。 

小1の時はクラスメイトからできない子を注意させて注意できた子を誉めることでクラスの統制を図る担任で、書いた文字全て、(算数の数字も含む)赤で直しを入れる先生だったため、家で英語しか話さなくなって、弟もそれに引っ張られて、私が日本語で話しかけても英語で返答され、「日本の学校は楽しかったから、そろそろアメリカに帰りたい。」と何度も言っていました。この頃、「担任の先生は自分の書いた文字は全て嫌いだからもう文字を書きたくない。」と言ってきたので、宿題をさせるのをやめさせて、母の代筆にしていました。

小2の時の担任が、読み書き計算は苦手だけど 、アクティブラーニングで正解のない問題に対して答えて理由として自分の意見を言うのは他の子よりも良くできるから見えてないのではと指摘があり、近所の眼科では視力に異常無しという診断でした。 
視覚認知に強い眼科で検査をしたところ、強い遠視がわかり+3.5 視覚認知にもいろいろと苦手がある事がわかりました。 
眼鏡で視力を出しつつ、ビジョントレーニングを受けようとしたら、先ずはOTで身体の成長を促す事になりました。3ヶ月に1回アセスメントをとってどんな活動をすると良いのかアドバイスを貰っていました。 
都外まで療育に連れて行く事が負担になってきたのと小3の時の担任は、生徒同士連絡帳を交換してチェックさせて、クラスメイトからもっと字をきれいに書いてというコメントが書かれていたのでもっとOTの頻度を増やそうと (OTさんがいるクリニックを受診するも毎週火曜日の午前中の枠しかなく、小学校に相談するものの出席扱いにはできないと言われたので)別の医療機関を受診してインソールを処方して貰いOTさんの訪問看護を受ける事ができるようになりました。 


OTさんが出してくれる宿題は子どもがちょうど楽しめる活動だったので、しっかりやっていつもたくさん褒めて貰いOTの療育を楽しみにしていました。 
眼科のOTさんのアセスメントの中で、STも取った方が良いとアドバイスを貰いSTの訪問の指示書も書いて貰えて小学校卒業まで療育が続きました。 
この頃の習い事の中でプールのプレイベートコーチが身体のバランスをみて体幹や筋力トレーニングをしてくれていて小4くらいから毎週1㎞泳いでいました。 

中学生になると運動部に入りたいと言い出して、部活を頑張るようになりました。 
たくさん運動をしていたら、iPadで書字をするよりも手書きをしたいという場面が増えてきました。 

小学校時代は運動会へいくと一人だけ動きがずれていて直ぐに見つけられたけれど、中学生の運動会では息子を見つけるのに苦労するほど、違和感がなくなってきた事に成長を感じています。 

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