
この本を知ったきっかけは、作家・山崎ナオコーラさんのXでした。
お嬢さんにディスグラフィア(書字障害)があると知り、手に取ってみようと思いました。
主人公の山村ゆきの(小4)は、「ディスグラフィア」。
読むことも、計算もできるけれど、書くことだけが苦手。
小学2年生のときに病院につながり、検査を受け、診断されました。
学校では合理的配慮として、タブレットで黒板を撮影することが認められています。
クラスメイトも先生も理解はある。
それでも、ゆきのはあまりタブレットを使わない。
「もっとがんばらなくては」そう思ってしまうから。
一生懸命板書をしても、結局書き終わらず、あとで後悔することがある。
連絡帳が書けず、忘れ物をしてしまうこともある。
授業中に回ってくる「ヒミツの手紙」も、ゆきののところには来ない。
みんなが気をつかって、書くのがしんどいゆきのには回さないから。
その優しさが、かえって胸に刺さる。
「字なんて発明しないでよ」
「書いているところを、かくす」
このあたりの描写は、読んでいて涙が出そうになりました。
そんなゆきのがある日拾うのが、
字が魔法のようにきれいに書ける「つららペン」。
ペンのように使える不思議なつらら。
それで字を書くと、教科書のような文字が、すらすらと書ける。
物語は氷の国へ。
けれど、この本が描いているのは、
「字が書けるようになること」だけではない。
書かなければ、点数も評価ももらえない。
考えていても、書けなければ「何も考えていない」のと同じにされてしまう。
そんな学校や社会の「あたりまえ」に、子どもの視点で立ち止まらせてくれる物語です。
我が子はディスレクシアです。
読むことに困難があり、ゆきののディスグラフィアとは違う特性です。
ゆきのは小学4年生ですが、小学2年生のときに病院につながっています。
我が子は幼稚園の年長で「何か違う」と気づき、小学校入学直後に病院に繋がりました。
そして、本人に障害について伝えたのは小学4年生のときです。
気づく時期も、診断までの道のりも、告知のタイミングも、家庭ごとに違います。
正解があるわけでもない。
それでも、
「できないことが一つあるだけで、こんなにも自分を責めてしまう」
ディスグラフィアの子にも、
ディスレクシアの子にも、
そして「書くこと」「読むこと」を当たり前だと思ってきた大人にも、
ぜひ手に取ってほしい一冊です。
なお、本作は「児童文学シリーズ第1巻」とされています。
ゆきのの物語がここで終わりではなく、これから先も続いていくようです。
(K)